January 21, 2007

黒胡椒

科目:コショウ科
英名:Black Pepper
サンスクリット名:Marica
ヒンディー語名:Kali-mrich

香辛料の中の代表格、コショウである。レストランのテーブルには必ず塩と胡椒がおかれ、西洋料理の仕上げにも必ず塩・胡椒が使われる。胡椒なしでは西洋料理は成り立たないのではないか、というぐらい重宝される香辛料だ。未熟な果実を皮付きのまま乾燥させたものが黒胡椒、熟した果実を乾燥させて皮を除いたものが白胡椒である。

ところが、これが採れるのは、世界でもごく限られた地域。つまり、南インドとその周辺だけなのである。中でも、「ブラック・ゴールド」と呼ばれる最も上等な黒胡椒は、南インドのケララ州マラバール海岸でしか採れない。そのことが、やがて世界の歴史を動かすほどの重大事に発展しようとは、古代インドの人々は想像だにしなかっただろう。

この香り高い黒い粒は、古くからインドの重要な交易品で、古くは食用・薬用としてギリシャ・ローマに輸出された。ヒポクラテスも黒胡椒を処方した。いっときなど、同じ重さの金よりも高価だったそうである。中世ヨーロッパにおいては、食肉の保存と臭み消しは常に切実な問題であったらしい。胡椒、とりわけ殺菌効果の強い黒胡椒は、肉の保存に絶大な効果を発揮することから大変な貴重品とされ、以来、黒胡椒は西洋人たちのインド亜大陸への情熱を猛烈にかきたてることとなる。

ポルトガルの商人が南インドのカリカット(1498年バスコ・ダ・ガマが来航した場所)から、コショウの樹を根こそぎ持ち去ろうとして、地元のインド人が慌てふためいたとき、カリカット王ザモリンは平気でこう言ったそうだ。「持っていきたいなら好きにさせておけ。彼らは、ここのモンスーンまで持っていくことはできない。そして、我々の黒胡椒に特別な芳香を与えるのは、他ならぬこのモンスーンなのだ。」 朝鮮人参などと同じく、その真価は深く「風土」に根ざしたものなのだ。

インドでは、黒胡椒は、たいてい丸のまま米料理や肉料理、ピクルスなどの材料とされる。粉末にしたものは、カレーパウダーのベースとなる「ミックス・スパイス」の主成分となる。一粒の黒胡椒を紅茶に入れたり、2~3粒をトローチとしてなめたりもするそうだ。 

アーユルヴェーダでは、黒胡椒は胃に優しいとみなされ、風邪・咳・鼻水や気管支炎などを緩和するために処方される。また、虫下しや、便秘薬としても用いられる。 さらに、黒胡椒は古来、コレラに対する伝統的な複合薬の成分でもあり、ベンガル地方では、次のようなやり方で、アーユルヴェーダの医者たちが、コレラに対する錠剤を調合したそうだ。

「黒胡椒、阿魏(Hing と呼ばれるセリ科の植物の樹脂)、とアヘンを各20g用意する。それらを全部一緒にしてすりつぶし、12個の錠剤を作る。1時間から2時間に1錠、あるいは発作が始まったときに1錠、服用する。ただし、アヘンが含まれているため、長期間の服用は避ける。」

Hing のことはまた追って書くと思うが、これは知る人ぞ知るかなり特殊な食材である。この Hing と黒胡椒、それにアヘン! 殺菌・鎮痛・鎮痙などの薬なのだろう。コレラ菌に対しても効果を発揮するなどと聞くと、ますます頼もしく思えてしまう。

いつか食べてみたいスープに、「胡椒スープ」というのがある。インド人から話で聞いただけだが、南インドの代表的なスープで、メインの材料が胡椒という、いかにも辛そうなスープだ。タマリンド(これも後述するつもり)と、ライム汁のたっぷり入った酸っぱくて辛いスープ。美味しそう。いつか南インドに行ったら是非試してみたいと思っている。

0 Comments:

Post a Comment

<< Home